勉強の大切さ 〜「なんで勉強するんですか?」への答え〜


 

答え:わかりません。

 

明日でいよいよ30歳歴1年が経ちます。
鏡で覗けば、肉体的な衰えは如実に感じる物の、
びっくりする程、高校や大学時代とマインドが変わっていない自分に嫌気がさします。

さて、今、高校大学時代の自分に戻れるとしたら、なんていうアドバイスをするか?

 

勉強しなさい

 

ですかね。

 

子供が勉強しない理由

をGoogleさんに聞いてみると、もう無数に出てきます。

 

私個人のケースで言えば、もっと面白い事(ゲームや遊び)があったから勉強しなかった記憶があるのですが、一番よく言われる屁理屈は、

「そんなの人生の役に立たないじゃないか」

じゃないでしょうか。

英語・数学・理科・社会

どれを学んでも絶対俺の人生の役には立たない。

 

まぁ英語は「can I have〜」が言えれば大体生きていけるし、

四則演算ができればスーパーの買い物はOK。

なんか、遺伝子組み換えじゃない方が体にいいのかなーと思ったりするくらいには、スイヘイリーベーは思いだせるし、

今日が憲法記念日だってことくらいはわかる。

それ以上の知識がなぜ必要なのか?

 

教育業界に片足を突っこんでいる身として思うのですが、

学び方のHow toは洗練されつつも、

Whyの質問に対して、「就職に役立つから」以上に、腑に落ちる解答を持つ人にであった事がありません。

かくいう私も、人生の選択肢を広げる。以外に「学ぶ意味」を見いだしていませんでした。

 

 

先日、アイヒマン・ショーを見まして、

200

 

もちろん、ホロコーストについては人並みには知っています。

受験では世界史選択でしたし。

 

ざっくり説明すれば、「ナチスが、ユダヤ人を非人道的に殺した」一連のこと。ですが、

こういったホロコーストネタの作品は、シンドラーのリストを挙げるまでもなく、人生で何度も見てきたわけです。

ところがどっこいなんだか、今回のアイヒマンショーを見たあとはなんか違う気がする。

 

たぶん、世界一周が意外に効いているんでしょう。

 

思えば、昨年の4月はワシントンの、

DSC_0292

DSC_0304

ホロコースト博物館にいまして、色々勉強したような気がします。

 

 

それから1ヶ月後の5月中頃には、ドイツのザクセンハウゼン強制収容所にいて、

末には、実際に、ポーランドのアウシュビッツにもいきましたね。

 

入り口
DSC_0177

 

 

毒ガス室の模型と、実際の毒ガスと、実際の毒ガス室
DSC_0192
DSC_0193
DSC_0214

 

 

 

何をするところかは推して知るべし
DSC_0206

DSC_0212

 

 

ユダヤ人が運ばれてきた電車や、仕分けの様子を説明している
DSC_0228
DSC_0234

 

 

 

アウシュビッツはここまで入れるのにびっくり。
寝床に実際触れるし。
DSC_0248

 

 

こんな写真、載せて「わー旅は楽しかったよー」とか、

「やっぱり、生で見た方が勉強になるー」

とか言いたいわけではなく、

 

過去そこに行ったという事実を今振り返ってみると、

シンドラーのリストから、アイヒマンショーまでの間にだいぶ知識が増えたなと。

 

例えば、英語が少しはできるようになったので、英語ツアーの説明を苦なく聞けるし、

なぜこんな残虐なことをしたのだろうか?ということで、心理学、政治についても興味をもった。

博物館に訪れる多くのユダヤ人がキッパを被っていたことによって、ユダヤ教について調べようとも思ったし。

毒ガスの成分を徹底的に調べたことは・・・・ない。

 

でも、ひとつの「事実」の背後に連綿と紡がれてきた「事実」を、遡ることのなんて面白いことか。

 

学ぶ事の理由は未だにわかりませんが、

本人が勝手に楽しいと思える「何か」に落とし込めればいいんじゃないでしょーか?

と思えるくらいには大人になりましたかね。

 

「何か」という事に関していままでは、「就職」というフィクションが最終回答だったわけですが、 そろそろそれも使い古されてきたなと。

全ての大人が、過去を振り返れば、異口同音に学ぶ事の大切さを感じているわけですから、

自分が学ぶべきだったと後悔している時期の、子たちにどうそれを伝えるか。

どんなフィクションを見せれば、彼らの心は動くんでしょう。

今回のアイヒマンショーを見ながら、そんなことを滔々と考えておりましたとさ。

 

やれ、反転授業や、やれなんとか授業など、こう教えた方が従来よりパフォーマンスが出るというHow toに執心することなく、

学ぶ事の醍醐味はここにあるぜ

というのを、どこかのタイミングで、伝えることができればいいなーと。

 

全ての高校生や大学生じゃなくてもいい。というか無理。
いや、誤解を恐れずにいえば、無駄。
ユダヤ人の話だから、選民思想をというわけでもなく、
大学に進学した90%以上の人にとって、大学が最適解ではないと心の底から思っています。

キレイ事を除いて考えれば、人には役割があるからね。

 

ただ、日本の未来を牽引するであろう、優秀だと定義される若者には、早くに学ぶ事の楽しさと、それを一度でいいから体験する機会を提供できればいいなーと思った今日この頃。

そして、その優秀であろう人はこんなブログ読まないだろうから、さて、どうしましょう。

というのを、31歳の今年に仕掛けられれば面白いね。

 

たぶん、あの日に戻れたとしても、明日僕の誕生日が来るかのごとき確率の高さで、僕自身は勉強しないだろうから、次の誰かへですね。