映画館の広告に物申す


 

先日、リリーの全てを見てきました。

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LGBTの日本における割合とかも意識したことないですし、

肯定も否定も特にしないですが、厳然たる事実として、

そういった人が存在するのは否定できません。

 

昔はなかったとか、

生きるのに必死な国ではそういう概念はない!とかそういった類の疑問も意味をなさず、

今認識される国に生きているんだから「ある」でいいじゃん。

 

そういえば、最近日本人でゲイの友達ができました。

国籍が日本人ではないゲイの友人はそれなりにいるのですが、

日本人でカミングアウトしてくれる人は珍しく、

今度一緒に二丁目行く約束しているんで、楽しみっす!

 

今回の、

リリーのすべて

 

これを見ていて感じたのは、

主人公のリリーにフォーカスされてるけど、これを支えた奥さんの存在がやばくないか?

 

「もう君を愛せない」とまで言われたのに、献身的に支えるその姿に複雑な気持ちを抱いて・・・

という話が今日したいのではない。

 

 

映画館で映画を見ていて毎回感じるんだが・・・

 

広告長くないか?

というか、正直申し上げて見たくない。

 

上映時間に合わせて行っても10分くらい広告があってさ、

遅く行くと、ちょとちょっとちょっとみたいな感じで、ご迷惑を撒き散らしながら

席に着かないといけない。

 

これってちょっとおかしくないか?

 

テレビや、ネットなど、無料のコンテンツを視聴している際に、広告が入るのは良しとしましょう。

新聞など費用を払って定期購読しているものに、折込の広告が入っているもの、良しとしましょう。

 

しかしですよ、

なぜ、

①こちらが金銭を払っているのに
②避けることができない状況で

広告が提供されているのか。

 

フリーミアムのビジネスモデルが増えてきたし、

映像コンテンツはyoutubeはもちろんのこと、

Netflixなど有料コンテンツもどんどん出てくる中、

理不尽すぎるでしょ?

 

朝礼での校長先生のお話よろしく。避けられないのはほんとつらい。

見たい人もいるっていうのも正鵠を得るけど、見たくない人もいて、

しかも費用を払っている。

 

苦痛のためにお金払っているなんて、まるでタバコ吸う人みたいじゃないっすか笑

 

でも、これって実はすごいパラダイムシフトで、

一般的に人は、

幸福を追求するか、苦痛を避けるかのどちらかで行動するって言われているのに、

苦痛のために金銭を支払わせる仕組みを作るって

 

こいつはすげえええ!!!

 

と、そんなことは全く思っておらず。

映画館に告ぐ。

 

本編⇒エンドロール⇒広告の順にしてください!!

と、なにごともそうだけど、既得権益の抜本的変革はほんと難しいよね。