オデッセイ感想 〜SF(サイエンスフィクション)の終焉〜


 

結論:リアルとフィクションの境界線がどこなんだろうと考えざるを得ない。

 

なんだか、最近全然休んでいないな俺。

と思い、仕事終わりでオデッセイを見に。

(結局その日も仕事してる・・・笑)

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これは面白い!!

ネタばれにはなりませんが、どこが面白かったかというとですね、

 

①演者が、すばらしく、感情移入できるとはこのことか。というのが体感できる。

例えて言うなら、引退したばかりの野球部。ボクシング部など、スポーツをやられていた人は想像できるでしょう。

テレビでなんか、飛んでくるシーンがあったらとっさによけるでしょ?

 

そんな「リアル」がそこにはあった。

まぁ、正直、そこはどうでもいい。

一番すげーなと思ったのが↓↓

 

 

②サイエンスフィクションじゃなくて、リアルな「サイエンス」になっている。

この映画を見ながら、頭に思い出されていたのは、小学校くらいに見たアルマゲドン。

なんか、隕石が飛んでくるんで、ぶっ壊しに行こうみたいな。

宇宙飛行士の話なんだが、全然現実味がなくて、私の中のジャンルは、当然SF。

スターウォーズや、インデペンデンスデイや、MIBと一緒。

 

ところが、今回のオデッセイは何かが違う。

 

宇宙飛行士が、火星に残されて一人で生きる

 

というありきたりな、設定なんだが、

その「生き方」(哲学的なそれではなく、生きる術)が、超リアル。

 

過去培った「知識」を、どんどんアウトプットして問題解決していく様は、

教育業界の末席を暖める私にとっては、

「そうだよ。これが知識を身につけて、知恵になるというプロセスだ」

などと、わかりきったようなことを思ったものです。

 

君達が、身につけた、算数や、数学、物理や、化学というのが、未知の問題を解決するシーンにおいていかに役立つか。

英語の勉強も兼ねて、中高生はどんどんみたらいいんじゃないかい?

下手な先生の講義を聴くより1000倍モチベーションアップになる素晴らしい作品でした!!

 

 

 

・・・というのが、今日言いたい訳じゃない笑

 

 

見ていてずっと感じたのが、

この映画公開されてから、ホンダ オデッセイの売上って上がったりしたのかな?

パブリシティ効果はどれほどだったんだろうか。

各種広告宣伝費がだいぶ削減されたとするならば、もうマットデイモンに足向けて寝れないよ。

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というのが、言いたい訳でもない。

 

 

見ていて感じたことは・・・

作られたお話のフィクションが、リアルになってくると、その先にあるのはなんだろう?とね。

 

ちょうど折しも、アメリカ大統領選挙が始まりました。

 

詳しく見ないで、メディアから流れてくる情報を読むだけでも、

共和党の有力候補ドナルドトランプの時代錯誤の暴言やバランス感覚のなさは目につくでしょう。

民主党有力候補のバーニーサンダースの、社会主義論者に思われる言動も目につくでしょう。

 

時代は、2016年だよ?

バランス感覚のなさや、何十年前に世界が熱狂した考え方を再度持ち出してくるセンスとか見ても、

映画の皮肉で描かれるフィクションレベルにまで振り切ってないか?

そしてそれが選ばれている世界。

時代は2016年ですよ?

 

もちろん、こうしたものがウケる背景も理解しなければいけないですが、

おそらく10年前は荒唐無稽に思われていたフィクションが、リアルになりつつある。

 

その意味では、映画オデッセイも同じで、

フィクションがリアルになる。

 

想像して、思い描いたものが全て現実化できるほどに、

フィクションとリアルの間の境界線がなくなれば、

科学や、歴史のあらゆることにおいて、思考の現実化が容易になる。

 

探究心の帰結はどこにあるのか?というポジティブな側面じゃなく、

全てが実現可能だとすると、そこはもう科学の問題ではなく、

「選ぶ」か「選ばないか」の

「選択の問題」

になってくるんだろうなと。

 

誰が選び決断するのか。

不可能や、不可知なものを、可能にすることが科学。

 

その面白さを十二分に楽しめる映画ではあったが、

科学を扱うのが人間で、そこのゴールが見えつつあるとするならば?

 

結局は人間か。

 

と考えると、ワクワクしつつもぞっとする映画ではあったな。

 

フィクションはフィクションであることが、あらゆる意味おいても面白い。

 

僕の今。

30歳独身はフィクションではなく、リアルでしたね。

科学がんばれ!

 

まぁ、単純に面白いんで観る価値ありですよ。