【かじさんぽ27】ゴミ箱>トイレの式から見る、人間の命の値段


 

先日、意外に世界一周は楽しくなかったという旨の記事を書いたが、

実際、楽しかったよ!仕事やめて行く価値はありましたよ。

でも、そろそろ仕事の方がしたいなーってことですからね。

 

今日は、人の命のお話。

 

 

海外の街を歩いていると、いたるところにゴミ箱があることに気づく。

なんだなんだ、市長がみんなディズニーのクレドでも読んでいるのか?

 

ディズニーでは、半径10m以内に必ずゴミ箱があるんじゃなかったか?

理由としては、

人は使わないものを持って10m以上歩くとそれをゴミと感じるから。

おーナイスホスピタリティ!

みたいな本を読んだ記憶がある。

 

翻って日本。

あ、このコンビニはゴミ箱ねーよ!まじでつかえねー

これは日本で街歩きをしたことある人皆が抱く、あるあるでしょう?

 

そう。

日本はゴミ箱少ないんだよ。

 

そして、海外にいると日本のゴミ箱の少なさと同じくらいの勢いで、

トイレが少ない。

 

もう貧乳かつ頻尿の僕としてはこれは一大事。

イースター島や、サハラ砂漠のように。

「誰も見てないからいいよね。うん。」

という立地ならまだ救いがあるんだが、

 

ヴェネツィアはマジで死んだ。

世界遺産でうかつなことするとさ、

今話題のヌード記念撮影の外人のように捕まってしまう。

 

絶対需要があるのに、なんでねーんだよ。

ということで、毎回恒例。

なんでか考えてみた。

 

海外でバスに乗ると、こんな感じで、なんか席が設けてあって、

運転手以外に料金徴収のためだけにおっさんが乗ってたりする。

※料金徴収以外には、運転手との世間話役か。

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ここにヒントが!!

つまり、

機械の導入>人件費

というコスト構造だからですよね。

 

ゴミ箱もそう。

設置して、都度回収する人件費

VS

設置しないでゴミを放置させた場合の行政の費用負担

 

の比較により、

設置した方が安いからでしょう。

 

もちろん、こんな比較関係なく観光地だから、景観を保つためのコストだとか、

八百万の神を信奉し、自然に神が宿ると考える日本人はゴミを捨てにくい民族だからそもそもゴミ箱設置しなくても・・・みたいな別の切り口もあるだろう。

 

そう考えると、トイレはどうだ?

なんで少ないんだ?

 

これは

管理コストや人件費に

に加えて、

そもそも水洗設備に乏しいこと

なんかが考えられるんだが・・・

もよおしたらその場ですればいいじゃん。

的な楽観が、トイレ設置数の増加を妨げていると俺は思っている。

 

その証拠に、

イースターやペルーでは何回立ち○ョンしたことか笑

そして、ペルーとかボリビアで歩いていてびっくりしたのが、

女性でも路上で用を足す姿をスゴく頻繁に見かける。

 

トイレにせよ、ゴミ箱にせよ、バスの運転にせよ、

人を使うか使わないかのところでは、使わない場合とのコストの葛藤が浮き彫りになり、

そこからは、人の命の値段まで垣間見える。

 

たとえば、ヨーロッパで物価の安いスペインでは、

トイレの前で、小銭を徴収する人が常駐していましたよ。

 

でも、フランスや、スイスでは皆無。

 

命は誰にでも平等だけど、

その値段はやはりどうやら平等ではないようです。

というとりとめのないただの、思考遊びでございます。

俺の命はいくらでしょ。

 

かじさんぽ@日本