知らない世界は存在しないのと同じ  〜世界を自分の目で見てきます編〜


 

白地図

2014年の総括の前に、一つ決めたことがありまして、

そういえばワタクシ、

4月から世界中を見て来ることを決めました。

期間は3か月を想定しています。(でもどうなるかはわからない)

 

「世界一周」ってなんか言いやすいんで、会話では使うけど、なんだか腑に落ちないし、

世界中を旅して来るっていうのもなんだか違う。

だって、俺ってば旅人ではない。

 

ただ、純粋に見たいんです、

そしてそれが「今」にどう繋がっているのかを感じたい。

 

なので、一番しっくりくる感覚は、

「ちょっと、映画を見に行ってきます。」

こんな感じでしょうか。

 

たまたま21世紀なので、日本ではなく、世界に行けるだけでして・・・。

俺日本に生まれたんじゃなくて、世界に生まれたんだし。

 

 

「後悔」は瞬時に訪れるものではなく、

「今」の自分と、

「本来だったらこうだったのにな」という自分。

この二者間での齟齬を認識すると、心の底からじわりと顔を出す。

 

要は、過去を振り返って今と比較すればこそ「後悔」できる。

 

思えば、ちょうど2・3年前でしょうか。

今なら堂々と後悔だったと言える出来事を経て以来、

後悔の度合いを低くする人生にすべく過度に、

「今しかできないこと」にこだわっていたような気がします。

 

昨年同時期の記事には、

実は、「今」にこだわったあげく、旅よりも、仕事でおもろいことができるので、

世界一周を断念したと書きました。

 

端的に言えば、今の仕事でおもろいことができそう。

というのが、できないことがわかったのと、

できない理由が自分ではコントロール不能の要素が大きい事、

(なお、キャリア的には毎年ピークを更新中で、今年は過去にないくらいの結果を出してますよ笑)

このあたりから・・・

 

うむ。他の仕事をしてみよっかな→いくつか面接を受ける→4月から来いよ!というオファーをいくつか頂く。

という過程を経て、再びふと考える。

 

「29歳独身で、今しかできないことってなんだろう?」

 

ありがたくも、両親から命を授かり、今こうしてMacbookの前で文字を打っているけども、自分が生まれたことが、この日本と、そして世界と繋がっていない感じ。なんだろう。

突如として梶原純が世界に放り出されたわけではなく、

世界中のでき事が連綿と紡いだその先に自分も生きているはず。

なのに、感じられない連続性。

 

・・・そうか、俺って無知なんだ。

アホ過ぎて知らない事が多すぎる。

ってことに気づいたら、自分が知っている世界がほんと真っ白過ぎて、

 

「知らない世界は存在しないのと同じ」

 

という気持ちがどんどんどんどんと。

 

もちろん、書物を読めば、その世界地図は広がるんだろうけども、

首都圏の半径200km圏内で生きている僕では、実際目の当たりにしないと、

その白地図に色が塗れないでしょ。

 

ということで、私2015年4月から世界を見てきます。

せっかくなので、美しい景色や、大自然の神秘も見てこようとは思いますが、

2014年の日本が、過去の歴史のどういう延長線上に作られて、そしてこれからどう進んでいくのか?を感じて考える旅にしようかなと。(←できるだけ旅という表現は使いたくなかったのだが)

そう考えると、旅のテーマは自ずと決まってきて、

 

 

「イデオロギー」ですね。

 

古代・封建制・絶対王政・宗教・戦争・資本主義・共産主義など、歴史の教科書でしか仕入れることのない、知識に色をつけてこよう。

 

って考えだしたら、めちゃくちゃおもしろそう!!

(旅にテーマを設けるべきか否か、は主観に過ぎるのでどうでもいい。議論の余地なし。)

 

バックパッカー的に、

「こんな安いところで泊まれたんだよ〜」とか

「俺なんてこんなレアなところ行ったぜ〜」とか

「危ない目にあったけど大丈夫だった〜」みたいな武勇伝には全く興味がわきません。

 

もちろん、レアな体験も醍醐味の一つなんだろうが、

絶景は、毎日見てれば感動は薄れるだろうし、

自分なんて探したって見つからないし。(というかわざわざ外に出て探す意味ないだろ笑)

長期に旅にでて、世界のどこかでめざめた時に、

「今日なにしよっかなー?」って考える自分を許せる程、

俺の人生長く生きられなだろうから、それは時間がもったいない。

 

ただただ、せっかくこの時代に生まれたのに、知らない世界が多いすぎるなもったいなさと、

知識を体験にできる時間を捻出できる独身の強み。

それを考えると、この白地図に色を塗る作業も今しかできないし、

別に二度目が欲しいとも思わない。

今後の人生でじっくり回ってくる楽しみも残したい。

(一度も日本に戻らずに長期的に世界を回るのに、金銭的なメリット以外見いだせないので)

 

戻ってきても価値観が変わるとは思っていないが、

戻ってきたら、自分の知りたい欲求を卒業して、

誰かのためにその歴史をつなげるような、そんな生き方への覚悟を決めようかね。

 

それが独身の終焉なのか、はたまた教育ビジネスを介してより多くの人へサービスの提供を!なのかは・・・行って考えてみます。

とまぁそんなこんなで、10月から色々考えた末の結論でございます。

 

でもね、結局論理って、直感のあと付けだと思うんですよね。

なので、色々こ難しいこと抜きにして、おもろいなーワクワクするなーと思ったってのが本音です!

 

次回は、世界一周してきて、じゃあ仕事はどうすんねん?編

乞うご期待