夢を達成した後は? 〜「ANA自社養成パイロット内定しました!」の報告に見る違和感〜


 

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どうやら日本の大学4年生は続々と内定ってやつが出始めているころのようです。

そんな中、「ANA自社養成パイロットに内定しました。」

との報告を耳にする。

※上の表現で個人特定されないよね?問題あれば消すので教えて親切な人。

 

報告を聞いて思う。

ほんとすげーーなーー!と。

彼はいつもサックス吹いているイメージしかないんだが。

がんばったのだろう。

 

さて、今日の本題。

なんでそんな頑張れるのか?

 

 

彼の報告を聞いて思う。

まぁいわゆるフツーなんだよ。

普通にちゃんと考えている。

 

「合同説明会や、OBOG訪問がなんの意味もないことを考えてわからないような人だから、

どこからも選ばれない。」とはよく言った。

うん、その通り。

 

先人に話しを聞いて視野を広げるという他力本願なそのスタイルが君から魅力を奪っている。

と俺も思う。

 

なんだか私にも相談がたまにきますが、

OB訪問の際に気をつけるべき事

は、一読してアポイントを取って欲しい。

 

話題がそれた。

なるほど、

パイロットになるのは狭き門のようだ。

 

1万人くらいエントリーするのかな?

その中で選ばれた16名のうちの1人なのはすばらしい。

しかも、学歴でいえばおそらくフィルターの最下位。

 

おめでとうと祝福する気持ちより、

うらやましいなー!悔しいなーという気持ちが勝っている俺は、

おそらくまだ教育業界に従事するのは早過ぎるのか。

 

だって世の中知らないことが多すぎるし、

知りたい欲求が強すぎる。そんなこんなでもう29歳。

安定より、未知への刺激を求める気持ちの強さが、きっと結婚を遠ざけているんでしょう。

とカッコウつけさせてください。

 

さて、どんどん話がそれる。

本題へ。

彼曰く。

「小さい頃からの夢でした。」

とのこと。

 

 

はて・・・なんで夢を持ったんだろう?

いや、正確に言えば

「ふと、抱いた気持ちを夢として持ち続けられたんだろうか?」

そしてなぜ必要なだけの努力をし続けられたんだろうか?

これが腑に落ちない。

 

誰しも幼い時に、「夢」を考える機会を提供されただろう。

そこでなんとなく書いた夢って、本当に夢だと思って維持できていますか?

 

夢が原動力になるのはわかる。

「夢≒ヤリタイコト」

に関して自分の過去を振り返ってみると、

たしか、チューリップと、忍者と、パイロットとやくざと政治家になりたかったようだ。

ちゃんと考えられるようになった大学以降は、

なんとなく「見栄を張りたい」「直接的に人の役にたちたい」が原動力だったのは記憶にある。

 

きっと、スゲーって言われたかったんだと思う。

それと貧乏だったのでお金が欲しかった。

なんとなく、「夢≒ヤリタイコト」を、お金が原因で我慢せざるを得ない状況を脱したいという漠然とした動機があった。

 

そうだお金を稼ぎたいんだ。

 

平均と比べることに何の意味もないが、幸いにも独身として生きる上には十分なお金を稼ぐようになった。

ホリエモンがとある著書の中で、とりあえず月100万稼いだら買えないものがなくなって不自由はしないよって言っていたので、なんとなく頑張っていたが、どうやらそんなにいらないようだ。

 

話しを戻そう。

小さい頃からの夢の第一歩です!!

っていう報告にを聞いて感じた違和感。

 

・・・そうか、俺ってもう夢を達成したんだ。

 

彼で例えるならば、内定して、訓練を受けて、コックピットに立ったその瞬間だろうか。

「ヤリタイコトに不自由を感じない」程度のお金を「比較的ヤリタイコト」を生業にして生活できている。

 

「夢」とはその実、「ヤリタイコトを思い続け行動し続けた」先にしかないようでして。

端から見ればうらやましいかもしれないが、それなりの努力をした自負もありつつ、

夢が叶うと意外に脱力感もあり、その先には一体何があるんだろうかね。

 

最近のこの「ぼけーっとした気持ちの理由」を、教え子に該当するはずの子のプレゼンを見て、逆に教えられたというそんな夏の日。

 

報告を聞いて感じた、違和感は「彼がなんでそんなに夢を持ち続けられたんだろー」という疑問にあると思いきや、実は「ヤリタイコト」を達成したので次をどうしようという自分の気持ちにあり、

うらやましさと悔しさは、彼がパイロットという憧れの職に就ける蓋然性が高いからではなく、いまだ夢の途上で努力し続けられることか。

 

夢を達成した後や、夢の第一歩に確実に足を踏み入れた人ってどういうメンタリティなんだろうか。

というか、ほとんどの人の夢なんて、「今を振り返ったふりをした後付け」な気もするし。

 

「夢」と言ってしまうのが憚られるが「目標」をもって取り組んで、それを達成した。

もしくは、その目標がなくて漫然と生きている人。(口だけの目標で行動し続けていない人を含む)

こういう人たちってどうしてんだろーなー。

次の一手は?

 

ということで、そろそろ心に火が付く新たな夢で上書きしないとね。

人の夢を叶えることを夢とするならば、あら巡り巡って結局は教育か?

Only a life lived for others is worth living.

他人に尽くさねば人生に価値はない。って偉い人も言ってたしな。